将来の仕事というものを全く見据えず東北の体育大学に入ったということは以前に投稿したが「テニスで飯を食う」という目標も大学一年生の時の交通事故&大けがという不運に見舞われ実現できなくなってしまった。

さて大学を卒業してTOURIの就職はどうなったか?
在学中に介護施設などの職場見学を行なったりはしたが結局は就職が決まらず。
取り合えず東京の実家に帰って来てしまった。

そして体育館でのスポーツ指導や施設管理の仕事、グラフィックデザインの仕事、運送や清掃の仕事などを経た後なぜかIT企業に就職。
意外なようだが、IT業界は体力勝負という面があるようで、実際に体育大学にIT企業からの求人はたくさん来ていた。
これからはITの時代だと思ったし、この先はIT業界で頑張っていこうと決意していた。
プログラマー・システムエンジニアとして海外勤務もしていたが、ある日社長から「社員数を半分にします」との言葉が.. 突然のリストラ。
わずか4年ほどでIT業界を去ることになってしまうのであった。

さて次は何の仕事をしよう?
またまた取り合えず派遣の仕事をしたり工事現場や遺跡発掘現場でアルバイトをしたりしながら次なる定職を何にするか考えていた。
そんな時に出会ったのが陶芸。地元の文化センターの陶芸サークルに参加したのがきっかけだった。
もともと物づくりが好きだったTOURIは「なんて面白く奥が深い世界なんだ」と一気にのめり込んでいった。
最初から陶芸一本なんてさすがに思わなかったので他の仕事も並行して行ない資金を稼ぎながら徐々に陶芸を中心にやっていこうと思っていた。

時給のいい派遣の仕事や福祉の資格を取って効率よく陶芸の資金を稼ごうと思い、いくつかの仕事をしているうちに出会ってしまったのが府中市の知的障害者施設。
この知的障害者施設と福祉業界のことについては別の投稿で詳しく語ろうと思うが、想像を絶するブラックな世界。
福祉業界に入ってしまったおかげで陶芸作品を作る時間がまったくなくなり、立ち上げた自営業を廃業することに。

まあ将来的に年を取ってからも生活費を稼げる仕事として自営業の陶器制作を選んだところがあったので少しのブランクは仕方ないか?と思っていたが。あれよあれよという間に福祉業を20年弱。
定年退職し、やっとまた自営業が再開できる!と思ったところに膵臓がん発症。
余命宣告されてしまったので、個展や販売会用に作りためておいた作品をどうにか処分しないといけないと思い、先日の「譲渡会」で友人や近所の人などに無償で引き取ってもらった。「これでいつ自分に何があっても大丈夫」というレベルまで在庫数を減らした。あとはコツコツ残っている作品を不燃ごみに出すだけ..

僕の人生 こんな感じだよね.. いつも..
真っすぐに進もうとしても右へ左へ曲がっていって思ったところに到達できない。
まさに紆余曲折..